2008年09月09日

2008年夏の木俣佳丈海外視察報告

今年の夏、7月9日から25日までの17日間、大変長い視察をいたしました。以下はその視察中に思い、考えたことです。 1.コーラスで岡崎高校が世界一に今回は、初めに、私の長女が参加するコーラスの世界大会を見るためにオーストリアに入りました。愛知県立岡崎高校は青少年混成合唱部門で、最高得点で世界一に輝くという快挙をはたしました。ついで、スペインに参りました。スペインではサラゴザ万博が開催中で、大型博である愛知博と上海博の間の博覧会です。また、スペインには特別な想いがありました。19歳の時に行った初めての海外旅行でスペインを訪問してから24年ぶりのスペイン再訪でした。また、最後にイスラエルに参りました。イスラエルでは、「エルサレムサミットアジアV」という国際会議に出席しました。個人的にも、クリスチャンとして、信仰的な意味でも素晴らしい旅行になりました。 2.スペインは世界第8位の大国スペインでは、到着した夜、吉川元偉大使との夕食会を行って頂きました。スペインは、私が学生の頃、行ったときには、西欧の途上国というイメージで、旅行するにも非常に安く、国民も非常に明るいというイメージでしたが、それも今や昔。今や、世界第8位の大国になり、特に、スペインの国際貢献、政府開発援助(ODA)は、既に対GDP比率で0.41パーセント。これは日本ではとても追いつかない数字になりますが、国際貢献も積極的にしているということを知り、驚きました。(参照 日本のODAGDP比率は0.17%です。)一人当たり国民所得は2万9000ドルということで、日本には遠く及びませんが、ホテルの料金や食事など、私のいた頃とは、比べものにならないほど高く感じました。つまり、20年で一人当たりGDPが約1万ドルから約3万ドルへと3倍になったわけです。財政も3年連続黒字となっている。また、全世界の中で、ベストテンに入る銀行が二行あるということを驚きをもって聴きました。また、そういう良好な経済関係を背景に移民も急増し、現在450万人、人口の10パーセントが移民であるようです。もっと投資貿易が、日本から行くべきではないか。つまり、スペインを経由してラテンアメリカ、スペインを経由してヨーロッパ、または、スペインを経由してアフリカ・中東、いう可能性が非常にある国であり、それがまたスペインは日本に対して非常に好感を持っていることも合わせて、もっと注目すべき国ではないかと思いました。大使との夕食会で久し振りに、街に行きました。特に、19歳の時、セゴビアで会って、三度も食事に招待されたスペインのお医者さんご夫妻に、お礼を言いたいので、その方を何とか探せないかとお願いしました。 3.サラゴザ万博サラゴザは、その翌日参りました。丁度、私が行っている時に皇太子殿下もお見えになり、7月21日はJapan Dayということで、大変盛り上がっておりました。サラゴザ万博は愛知博と上海博との間にあるテーマ博です。テーマは、水についての重要性を考えるという、環境博です。サラゴザの開会式のときに、スペイン国王から「愛・地球博と上海博をつなぐ「橋」となりたい」という発言があり、愛知県民としても、上海万博の顧問としても、大変心強く感じました。実は、皇太子殿下は大学の時に、テムズ川の研究で修士を取られ、水の専門家でもいらっしゃるということで、会場でも水についての講演を30分間されたようです。会場で、スペイン館、アラゴン館、中国館、フランス館、日本館、そしてエルフアロ(灯台という名前)の市民参加プロジェクトなど一日で駆け足で回りました。外国館では、日本館が一番の人気となっているようです。政府代表の宮本さんにも久し振りにお会いし、その張り切っている様子が非常に感激的でした。特に、日本館では、第一ブロックで、浮世絵を使いながら、日本が江戸時代から水も紙も、色んなものをリサイクルしてきた様子を三面の全面縦7−8メートルの映像で表していました。一部の終わりでは、画面が二つに分かれ、その上から高さ7メートルの滝が流れ、滝の横を、滝つぼを通っていくという素晴らしい仕組みが作られていました。そして第二ブロックでは、サラゴザでスペシャルブレンドしたサラゴ茶というお茶を手に、五感をフルに開かせるような世界中の美しい映像を見ながら進んでいく仕組みになっています。結論から言うと、愛知博は、地球規模の問題に対しての提言に成功したということが一つ。また、いわゆるデイズニーランドなどは非常に楽しいけれども、問題意識を持たせるまでには至らない一方で、愛知博は一味違ったイベントに脱皮、イベントとしても、非常に成功させたのです。ですから、万博の世界では日本は本当のリーダーであるということになっているようです。本当に日本館の皆さんには大変お世話になりました。 4.スペインへの投資拡大7月17日に、マドリードに戻りました。マドリードのアトーチャ駅からサラゴザ駅までAVEで約1時間20分、飛行機並みのサービスです。お絞りが出る。そして軽い食事が出る、その他、必要に応じて、水やジュースを配るなど非常に心地が良いサービスがありました。帰って直ぐに、スペインへの投資を促進することを目的とするINTERESを訪問し、対内投資の促進について伺いました。次いでマドリードへの投資を促進するプロモマドリ(PROMOMADRID)に参りました。プロモマドリでは、再生可能エネルギーやITCなどに対してもっと積極的に投資をして欲しいなどの話がありました。私は、スペインへの投資が、ラテンアメリカ、アフリカへ、特に、今、食糧とエネルギーが大変な困難をきたしているので、スペイン経由でラテンアメリカに投資をし、そして食糧の輸入の確保を図る。また、バイオエタノール始めとして、植物由来のエネルギーなどもスペインを経由して、輸入するというような連携が出来たらどうか、ということを話しました。更に、プロモマドリからは次の要望がありました。@近々、支所を東京に作りたいので、ぜひ、手伝って欲しいと依頼されました。Aマドリードー東京間の直行便が今ありませんが、マドリードー東京間は、採算は取れるので、直行便を是非飛ばして欲しい。B毎年開催されるマドリード・東京フォーラムに、日本との企業間交流、文化交流をしたい。何とか協力したいと思います。 5.ピカソの大作「ゲルニカ」とにかくスペインで感じたことは、夜が長いということです。7月のスペインでは午後10時ごろまで、十分に明るいのです。食事も早くて9時ごろから始める。ですから昼食は2時。私としても、調子が狂うような気がしました。しかし、久し振りの日本では食べられないスペイン製の生ハムなど大変美味しく食べ過ぎて、大変喉が渇いたことを後悔いたしました。プラド美術館に久し振りに行きました。前回、来たときにはピカソの大作であるゲルニカは未だプラド美術館にありました。これは縦4メートル、横8メートルぐらいの大きな絵になりますが、丁度、スペインの内戦、正に、フランコ独裁の暗い時代を、ピカソが描いたわけです。大変厚い防弾ガラスの中に入っておりました。今は、ソフィア王妃美術館(マドリッド)に収蔵され、むき出しの形で飾られているのが、非常に印象的でした。しばし、感慨にふけっておりました。 6.日産のアビラ工場視察翌日は、ホテルを出て、日産のアビラ工場(スペイン国内では日本からの最大の投資となる)に参りました。アビラ工場は、ピックアップトラックを中心に年間に3万台程度の工場となっています。アビラは、城壁の町であり、世界遺産に登録された旧市街が非常に美しい街です、また、アビラ牛というのは大変有名なところでもあるというので、楽しみに参りました。アビラではスペイン人の工場長とバルセロナ日産の副所長から色々な話を聞きました。@常にローカルコンテンツは70パーセントを超えているが、なかなか技術のスピンオフというものがないということ。つまり、この工場発で中小の町工場がグレードアップしていくようにしていきたい。Aプライドを持って皆が働いている素晴らしい働き場であり、みんな死ぬまで働きたいと思っていることは嬉しい、などの意見を言われました。実はこの工場は1950年代に出来た工場でありますが、日本の工場のように、非常に綺麗でキビキビ動いている姿が大変印象的でした。スペインの大変面白いことは、例えば、夏の時間になりますと、朝は8時半ぐらいから、昼間、3時ぐらいで仕事を終えて帰るというような仕組みとなります。また、夏休みも、約一ヶ月あるようです。昼食はセゴビアまで足を伸ばし、子豚の丸焼きで有名なカンデイドというレストランに参りました。スペインで最も有名なレストランの一つで、私も19の時に来て以来でしたので、感慨無量でした。 7.スペインの好調の理由夕方には、新村経営研究所代表と意見交換をいたしました。もうスペインに40年近くいらっしゃる方で、本当にあらゆることに精通されています。新村氏は、スペインではこの20年間で一人当たりの所得が3倍になったと言われ、スペイン経済が好調の理由として次の要因をあげて説明してくれました。@EUに加盟し、付加価値税も導入し、制度的な安定性が出来たA賃金が比較的に安いB上記の二つの要因でEUの中の生産基地となっているCEUの補助金が年間1兆5000億ユーロぐらいずつ入って、インフラづくりでは、非常に役に立っている。新村氏は、こんなに日本人を好きな国は、ヨーロッパの他にはない。十分に、お互いに持ちつ持たれつでやって欲しいと言われました。是非、スペインのことを忘れないで欲しいと強調されました。因みに、一昨年、高村正彦現外務大臣が来るまでの過去三年間、国会議員は誰も立ち寄っていないようです。私としては、日本がこのスペインへもっと積極的に投資をするようにするには、何が出来るか、ということを考えたいと思います。特に、日本の中小企業なども積極的にここに投資しながら、新たなる市場の開拓が出来るのではないかと思いました。また、スペインと日本は、アメリカ以外でイージス艦のシステムを持っている国でもあり、安全保障上でも連携を取りながら、色々出来るのではないかと思います。まとめますと、スペインは、日本にとってヨーロッパのカウンターパートとして、もっとも適しているではないかいう思いを持ちました。スペインにとっても日本は、技術的・資本的にも、必要である。日本にとってもスペインのこの明るさ、文化性、ソフトパワーというのは重要であると思い、これから定期的にスペインのことを見て参りたいと思いました。 8.イスラエル訪問7月19日から、イスラエルを訪問いたしました。マドリードとイスラエル間は約4時間半程度で、思った以上に短い距離であると驚きました。飛行機を降り、ロシア課長の頃から親しくさせて頂いていた松田邦紀公使の姿を見つけた時には、ホットいたしました。今回は大変長旅であり、イスラエルが最終目的地でもあるということもあって、荷物が出てきたとき、ホットしたのも忘れられません。エルサレムでは、初めに、鹿取克章大使が、アラビアのローレンスなどが大変好んだアメリカンコロニーホテルで夕食会を開催して下さり、松田邦紀公使、四宮光彦一等書記官等とイスラエル事情の説明を受けながら食事を取りました。エルサレムは西と東に分かれます。西の方はユダヤ人地域、そして東の方は幾つかに。旧市街を含み、ユダヤ地域、そしてイスラム地域、そしてクリスチャンの地域。ホテルはその中のアラブ地域に入ります。そのホテルを選んだのは、ユダヤ地域は金曜日の日没から土曜の日没までは宗教的な理由であらゆる店が開いていないからだということでした。大使との話をまとめますと次のようになります。@中東和平の努力は大変に重要で、エルサレムの和平がイスラエルとパレスチナの和平につながる。そして、その二国間の和平が中東全体、世界全体の和平につながる。そのなかで、A例えば、日本も日本イスラエル、日本パレスチナ、という二国間の関係だけでなくて、いわゆる地域一体、ヨルダン、エジプトも含めての地域間の協力を保って、和平を進めていく環境を整えたいB更に具体的に、例えば水の問題、ヨルダン川の水の問題や、死海(海抜マイナス400メートルの世界最低位にある塩分濃度22パーセントの湖)の環境問題など、今年の秋にも具体的な委員会を立ち上げて解決をしていきたいCエルサレムの問題、更には、パレスチナ・イスラエルの和平がイランなど他の強硬な国々の言い訳を抑えることにつながるので、そういう状況を日本としても作りたいとのことでした。 9.第五回エルサレムサミットアジア会議二日目からの丸二日間はホテルに缶詰でした。150名の各国の参加者と共に第五回エルサレムサミットアジア会議に出席し、意見・経験等を共有しました。5月のワシントンでの会議に続く会議ということもあって、知り合いも多く、特に一番の主催者であるベニー・アロンさんは、二回観光大臣もされており、既に、本当の友であるという気持ちを強く持てる人です。彼とは、二日目の夕方、クネセット(イスラエルの国会)を訪問し、数十名のクネセットの議員たちと色々話をさせて頂きました。彼の人望の厚さや、また、友人の多さ、更には、若手を教育しようという気持ちがあり、これに非常に感動しました。もともとはユダヤ歴史の教授であることもあって、教育家という観点からも素晴らしい人間であるなと思いました。会議の中では、色々な意見が出され、それに対する質疑応答をいたしました。まず、@大前提としては、聖書の中にある「契約」というものがイスラエル建国も含めて達せられていること。例えば、何もない大地から世界最高の科学技術が出てきたり、世界のある意味の中核的な場所であったり、聖書の契約の通りに進んでいることを感じるという意見、また、A中東で起きている力による統一というものは絶対に壊れる、特に、独裁的な政治体制はいずれ排除されなければならない、そういう中にあって、B中東地域にアラブが22ヶ国ある。民主国家としてはただ唯一、イスラエルがあるだけであり、丁度、サッカー場の中に、マッチ棒が置かれたような、そういう位置で、脆弱であるということ。Cイスラム教過激派の学校、マドラツサという学校があるが、一杯のお米をあげるからイスラムに改宗しろという強硬な人たちも広く分布するようになったこと。D更には、この会議についても、アジアのリーダーに集まってもらい、特にユダヤと、ユダヤ・クリスチャンの一致によって、聖書の契約を達成し、また、ユダヤの人たちを、特にアジアのクリスチャンたちが認め、助けて欲しいということなどが話されました。また、非常に強烈なインパクトを持ちましたのが、次の二つの点です。第一点は、ガザを実行支配しているハマスなどは、その目的は全てをイスラムに帰属させ、全てをイスラムに集中するものである、ということ。つまり、あらゆるイスラム教徒がユダヤ人に対して、戦い勝つまで、何でもし続けるように洗脳しており、パレスチナの18歳から24歳に対するアンケートで、イスラエルが存在する権利があるのかという答えに未だに91.7パーセントが「ノー」と答えているということ。穏健的と言われるフアタハですら、憎しみの洗脳を続けている。ジャハダという自爆テロについて70−80パーセントの子供たちがそれを憧れ、「死」と「ジャハダ(聖戦の死)」は違うというそういう意見まで持っているという状況。二点目は、UNRWA(アンルワ)は、パレスチナ難民だけを救済する機関です。難民救済にはUNHCRが有名ですが、この機関は非常に特殊でパレスチナ難民という一つのカテゴリーだけのためにある珍しい国連機関です。特にスタッフもUNHCRが5000人に対して、UNRWAは2万5000人と5倍いるということ。予算もUNHCRは約100億円に対し、500億円がUNRWAの予算であるということ。そして、難民の認定も一般的に言うと、政治または経済難民ということが、その都度、計らわれるわけですが、UNRWAの場合には、1946年の6月から1948年の5月までに、政治難民になったものと「その子孫」という意味で、どんどんその数を増やしているという可笑しな機関であるということ、更には、具体的に、テロリストをかなり雇っている、そしてUNRWAに寄付された救急車を使って、武器弾薬を運ぶのみならず、その中の一部は自爆テロをしているということ。こういったことを学びました。日本もかなりの援助をしているということなので、何としても、こういったことは止めたいと思いました。10.聖地巡礼また、エルサレムでの3日目、4日目は、視察を致しました。私にとっても初めての聖地巡礼で、大変に関心も高く、最後にイエス様がローマに捕まる前に弟子たちと分かちあったオリーブ山に登り、そしてそこにその当時からあるオリーブの木を見て、2000年の年月を感じました。旧市街の東エルサレムにはユダヤ教の第二神殿の壁だけがあり、その壁が夜露に濡れて湿るところから「嘆きの壁」という名前がついており、ユダヤ人が壁に向かい、祈りを捧げる姿を見ました。その直ぐ横にはイスラムの黄金のドーム、そして銀のドームがあり、その中には祈りをささげるイスラム教徒がいました。また、クリスチャンの地域があり、アルバニアの地域があり、四つの宗教の聖地になっているという非常に複雑な場所をゆっくりと見学しました。ただ、残念なのは、嘆きの壁などユダヤ聖地は、非常に寛大に対応をしてもらったのに対して、金のドームなどイスラムの聖地については、かなり厳しく入館を断わられました。そして、イエスキリストが、十字架にかけられるまでの、その歩いた道をずっと歩いて参りました。この地で、2000年前に、実際にイエス様が生まれ、そしてここで十字架につけられ、そして我々の救いのために、殺され、三日目によみがえった、その地を噛みしめながら、歩きました。午後はジェリコというイスラエルの占領地地域、ヨルダン川の西岸地域に参りました。ここも世界最古の街、ジェリコがあったところで、丁度、ザアカイという取税人が登った地であるとか、色々聖書に関する場所は多くあります。また、ここにはJICAのパレスチナオフイスがあります。こちらにも立ち寄り、「平和の回廊」の提案をした日本政府の実効ある援助に対して期待をしているということを述べて参りました。JICAの職員がそこに常駐していないということについて、私は問題があるということを言って参りました。その後、いよいよマイナス400メートル、世界最低位にある湖、そして生き物がまったく住まない塩分濃度22パーセントの死海に行き、少しだけ水浴を致しました。先ず、本当に体が浮くという塩分濃度であるということ。また、丁度、水が出て行く川がなく、そして40数度の気温で熱されるということで、ミネラルが多い、美容などに死海の泥や塩というのが使われますが、舐めますと、辛いというより、かなり「痛い」ような、また長くいると、本当に体の中の水分がかなり抜けていくという、そういう現象を感じました。最後に、ユダヤ人がこのエルサレムをローマから守ったマサダの城砦に参りました。ここで2年数ヶ月、大軍のローマ軍を相手に戦い、最後は集団自決をするという凄惨なところでもあり、「マサダの悲劇を繰り返すな」がユダヤ人の言葉にもなっている、すさまじい地域を歩きました。最終日には、ソロモンの墓に参りました。また、不思議なことにいわゆるイエスキリストが十字架につけられた場所というのがプロテスタントとその他の宗派では違います。19世紀になって、イギリスのプロテスタントたちが、市外のかなり外にあったのが本当であろうという論拠として、いわゆるゴルゴダの丘ではないかと、そこをいわゆるイエスの十字架につけられた場所ということにしたようです。ただ、私は、場所はどこであろうとあまり争いをしたくないと思いました。また、約2000年前、イエス・キリストが昇天し、そこから死体がもぬけの殻になったお墓の場所にも参りました。また、ホロコースト美術館にも参りました。以前、ワシントンのホロコースト博物館にも参りましたが、ユダヤ人600万人の大量虐殺をする、そのあり方に対して、極めて言葉で表せない怒りを、そして悲しさをもちました。本当に悪魔の仕業であるということを思いました。二度とこういった恐ろしいことが起きないことを心から祈ると同時に絶対に人間がこんなことをしたということを忘れてはならないと思いました。そこには、ユダヤに貢献した方々の石碑がありました。杉原千畝さんもその一人であり、日本人として非常に誇りに思いました。自分もこういったことが出来るならと思いを強くしました。午後になり、IAIという航空機とプライベートジェットや人工衛星を造る会社に参りました。特に、アメリカのプライベートジェットもIAIのシステムを使わなければ出来ず、また、人工衛星、イージス艦の三世代後継の最新鋭の艦船などもIAIの協力がないとできないということでありました。スパイ衛星の打ち上げなどは、極めて高価でありますが、IAIの価格との差を感じ、今後、IAIとも協力するようにと、大使館にもしっかり伝えました。最後の訪問場所は、エルサレムに残るキブツです。キブツとは自発的な集産主義的共同体であり、共産主義の香りの残るイスラエルならではのところです。キブツの構成員は広大な敷地を持つキブツで住み、そこの工場や農場等で働きます。私の事務所の政策秘書の谷口さんもキブツでボランテイアとして働いていたということもあり、私も大変関心を持ちました。キブツでは、個人の財産と言えるものはほとんどありません。土地・家屋・生産設備等あらゆるものがキブツに属します。キブツでは、あらゆるものが無料です。衣料、食費、住居、医療、学費が無料で、図書館・テニスコートやプール等も完備しております。幼稚園、小学校・中学校もキブツの中にあります。高校以上になるとキブツの外にある学校に行くようです。キブツの構成員の方々は快適な生活をされています。従って、キブツで生活している限り現金は全く必要ではありません。しかし、時折、何らかの折にキブツの外へでる際に必要となる交通費などのために、毎月、わずかな現金が支給されています。「いま、200ぐらいしかキブツがなく、本格的なキブツというのはかなり絞られている」と、私が訪問したキブツのマネージャーは、残念がっていました。イスラエルの建国の頃、一人では、一家族では出来ないことをキブツで集団で助け合いました。農業を営み、そして、色んなものを分担して作り、それを売り、共同で喜び合う、そういうあり方も、非常に人の生き方として素晴らしいのではないかと思いました。イスラエルの視察を通して、次のことを考えました。@大変厳しい安全保障、または治安に対する思いがある。例えば、10人以上の青年が一緒に動く時には、自動小銃を持たなければいけないというような状況を拝見しました。A聖地として、またある意味での世界の中心であるエルサレムが何とかより平和になってもらいたいBそういう中にあっても、灌漑設備であるとか、または最新鋭の情報通信機器であるとか、大変進んだ技術立国のイスラエルと日本が、もっと深い関係を築いていかなければならないと、強く思います。内村鑑三先生が二つのJと言って、JapanJesusという言葉を使われました。私は、第五回エルサレムサミットアジアでの演説の中で、もう二つ、JewJerusalemに責任を持ちたいということを述べました。Every time I address my message, I feel my brain IQ deteriorates. This is because I should speak in English and think in English. So I would appreciate I would be much smarter than what you think I am. 1.It is my honor to participate this meeting, Jerusalem Summit Asia V. 2.And I congratulate this conference is successful due to the effort of all of participants, especially Elon, Josh and Malisa. Thank you for your hospitality and neat design for this conference.3.      Now my heart desire has come true. I in Jerusalem. As a believer in Christ, to tell the truth, I really want to go outside to see and pray in the biblical place. But until tomorrow I have to think and pray for with you Israel peace.4.      Iwould like to congratulate of Israel 60th Independence Day in 1951. It seems biblical prophecy has been accomplished in 1951. I with my soul and heart pray all prophecy will be completed. Like other countries, Japan recognized the State of Israel. Since then, Japan has been a good friend of Israel. Even this time Im very surprised Japanese delegation count over 30 persons. This is appearance of situations, and due to of the powers, Okuyama-sensei, Yokoyama and others. 5. Last May in D.C., like Josh said a lot of representatives came together to share the situation of Israel and talk about the importance of Judeo-Christian heritage, that is rock on our civilization, said Elon. There exists the real threat of extremism, radicals. Yesterday I learned again how dangerous extremists did, even for children, massive brain washing. Last night, I really feel sad and could not forget the one girl word, eath is not shahadal.As a father of four children, I really help them and pray to God.6. Matthew 22:36 the teaching of the Great Commandment, Teacher, which is the greatest commandment in the law? Jesus said Love the Lord your God with all your heart, with all your soul, with all your mind. Second is like it, love your neighbor as yourself, on these commandments hang all the laws and prophecies.7. Even though Japan does not have physical threat but we have a lot of problems between Korea, China, Russia done by Japanese Empire days. We have to love each other, pray God for destroying the plan of devil.8. I sure that Israel is a promised land of God, Holly place and in Middle East only  place there democracy. There no peace in the Middle East without Israel and Palestine peace. Without the Middle East peace, there no peace of the world. And we shall think we were steps of peace building, through cooperation and unification of Jeudo-Christian heritage, even among Christian, there is little intention between Catholic and Protestant.9. Before closing my message, I would like to propose toward reconciliation.1) To strengthen not only the relationships between Israel and Palestine, but also, as a region, Israel, Palestine, Jordan and Egypt, we think more cooperation between four countries, Elon said. The Japanese Government also thinks about solution as a region. In 2006 Prime Minister Koizumi visited Israel. Japan proposed the Corridor for Peace and Prosperity, as its mid-term effort to generate hope and trust between Israel and Palestine. Water sufficiency PB, polluted dead sea PB, We will hold concrete ad hold up some committees on it.2) Tourists coming from Japan count on only 10,000. There is one million Christians. We need double or triple of this. So we need direct flight to Tel Aviv. And youth relationship is more important like faith to God. Over 10 years, Japanese Government did youth meetings between Israel and Palestine. Sounds very good. At the last day evening, they hug and weep each other.3) Last of all, it is difficult to say, but, we should think more the status of Jerusalem.4) I respect one Japanese Christian named Kanzo Uchimura. He wrote a bestseller book apan and Japanese.Then he said he had and felt the responsibility for two Js, Japan and Jerusalem. And now I feel, putting two more Js, Jesus and Jerusalem. I feel responsible for four Js. He also said. I for Japan (Jerusalem)Japan for the WorldThe World for ChristAnd All for God I would like to live a life on the John 12:24Jesus said, Unless a grain of wheat falls in the ground and dies, it remains alone, but if it dies, it produces much grain. Thank you very much!God bless you all!            
posted by 木俣佳丈 at 10:49| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第48回参議院議員木俣佳丈朝食勉強会

31日(第48回参議院議員木俣佳丈朝食勉強会で、米国フォーチュン誌で『マーケティングの達人』と評されるなど、その分析力と企画力には定評があり、お披露目屋として様々な社会現象を巻き起こしてこられました西川りゅうじん氏から「時代を読み、世の中の変化に対応する力を身に付ける」ことの重要性について楽しく教えて貰いました。西川りゅうじん氏は、1980年代にソニー「ウォークマン」の販売促進に大きく貢献し、更に伝説のディスコ「ジュリアナ東京」のPRなどでも注目を集めました。1998年からは鹿児島県本格焼酎マーケティング研究会座長として大都市部における焼酎のPR及び販売促進に尽力し、昨今の全国的な焼酎の人気づくりに大きく貢献されています。2000年に入ってからは、「愛・地球博」キャラクター審査員として「キッコロとモリゾー」を人気者に育てた他、「六本木ヒルズ」「表参道ヒルズ」のコンセプト立案に参画したり、地価上昇率日本一となった「つくばエクスプレス」沿線のPRスーパーバイザーも務められました。アッシー、メッシー、ジモティといった流行語を造られたほか、CNNでキャスターを務めるなどテレビ、新聞、雑誌でも活躍されています。正にマーケティングの達人である西川さんによると、時代を読み、世の中の変化に対応する力を身につけていなければ、何時の間にか企業そのものが没落してしまうそうです。「時代を読む力」が必要であると力説されました。西川氏は、過去に名経営者と呼ばれた方々の中でその面影がなくなっている場合、その大きな理由は、世の中の変化を読めず、その変化に適切に対応できなかったからだと指摘され、フォーブス誌の世界の億万長者番付に常連で掲載されていた名門企業の衰退を例に出しながら説明されました。   更に、西川氏は、経営は常にユーザーの立場に立ったサービスの開発・展開が重要であると指摘され、地方に本拠地を置く球団の成功事例について触れられました。サッカーの人気が高まる中で、野球の人気に陰りが出て、視聴率も下がっていますが、地方に本拠地を置く多くの野球球団が、ファンサービスの原点をきちんと把握し、ファンの立場に立ったサービスを考え・展開することにより、ファンが固定化・増大しているのは、球団の経営者が、ファンのための球団を目指し、ファンが何を求めているかを徹底的に突き詰めた上で、ファンのための球団作りをやってきた結果であると説明されました。「関西の阪神タイガース、名古屋の中日ドラゴンズ、九州のソフトバンク、北海道の日本ハム、東北の楽天等のフアンは、チームの勝敗に関わらず熱狂的にチームを応援している」と付加されました。西川氏は、旺盛な好奇心を持ち続けることの重要性についても指摘されました。マーケティングや起業をしようとする人に必要なのは「仕事とは全く関係のない世の中の瑣末な新しい芽生えに深い関心を持ち、その動きを調べる行動力である」と言われ、1955年に55歳で森ビルの前身である森不動産を設立された森泰吉郎氏の飽くなき好奇心の実際を説明されました。学生時代に森ビルから奨学金を給付されていた西川氏は、年に数度、自分が一番興味があることについて、森泰吉郎氏に説明することを求められていました。西川氏は、その発表の度に、「当時80歳を超えていた森泰吉郎氏が知らないだろうと思う若者の新しい風俗について説明した」そうですが、森泰吉郎氏がその全てについて知っていたことに驚いた」と述懐されました。最後に、西川氏は、「タブーへの挑戦」がマーケティングにとって大切なことであると力説され、過去の成功体験や固定概念にとらわれずに、積極的に果敢に取り組むべきだと述べ、一時間に及ぶワクワクする講演を終えられました。なお、次回の木俣佳丈朝食勉強会は9月25日(木)午前7時40分から開始されます。
posted by 木俣佳丈 at 10:36| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

京大でiPS細胞研究の最新状況を学ぶ

日(午後、うだる暑さの京都に出かけました。京都に出かけたのは、京都大学物質−細胞統合システム拠点iPS細胞研究センター(CiRA)を視察し、iPS細胞研究センター長・山中伸弥教授から直接、iPS細胞研究の最新状況を学ぶためでした。ご存知のように、昨年11月21日、京都大学の山中伸弥教授らの研究チームが、人間の皮膚細胞からさまざまな臓器・組織の細胞に成長する能力を秘めた万能細胞(iPS細胞)を作ることに世界で初めて成功されました。このiPS細胞は、将来の再生医療(損傷を受けた生体機能を、幹細胞などを用いて復元させる医療)の有力な武器になると期待されています。iPS細胞の技術を使えば、患者さんの細胞を使って病気の原因を解明したり、薬の副作用の評価をすることが可能になります。iPS細胞の利用は、倫理的にも問題がありません。本年4月16日、iPS細胞を含む幹細胞を利用した日本の医学研究が世界をリードし、再生医療が早期実現化するよう、最先端の研究に従事している優秀な研究者を支える制度・環境づくり等を支援することを目的に、幹細胞(iPS細胞、ES細胞など含む)研究支援議員連盟(会長:元経済企画庁長官・衆議院議員船田 元)設立され、6月4日に理化学研究所・筑波研究所バイオリソースセンターを、続いて6月18日に理化学研究所・横浜研究所を視察しました。

しかし、国会開会中は京都大学物質−細胞統合システム拠点iPS細胞研究センター(CiRA視察がなかなかできず、国会が閉会になってようやく、CiRA視察を企画・実行できたわけです。同議員連盟の事務局長としてホットしました。

参加したのは、衆参の国会議員9名です。それにNHKを含むマスコミから20名ほどの取材参加がありました。CiRA視察の内容は、(1)iPS細胞研究センター長・山中伸弥教授による「京都大学物質ー細胞統合システム拠点iPS細胞研究センターでの研究推進状況」の説明、(2)CiRAの施設の見学、(3)質疑応答でした。山中伸弥教授は、臨床応用に向けたiPS細胞研究に関する以下の分野での最新の取り組みを説明されました。@誘導法の抜本的改良、A日本人由来iPS細胞の樹立、B分化誘導技術の確立、C安全性の確保山中教授は、iPS研究の進捗状況のバロメーターである論文数で見ると、米国が日本を圧倒していると発言され、現在のiPS研究の進捗状況に深い危機感を募らせていました。確かに2006−2008年のiPS関連論分数は、米国の20件に対して日本はその半分強の11件しかありません。山中教授はiPSに関する特許出願もそのような状況になっていると推測されていました。iPS細胞の樹立が、わが国から出たということは大変喜ばしいことですし、大変名誉なことでもあり、日本の生命科学研究・医学研究が高いレベルにあることを世界に向けて知らしめした世紀の快挙と言えます。しかし、その後の展開は日本にとって芳しいものとは言えない状況になっていると深く憂慮しています。再生医学の国際的な拠点である米国のハーバード大学や米国の医療研究の中心でもあり、研究費の配分機関でもある国立保健研究所(NIH)等は、世界各国から集まった優秀な研究者が日本に比べて圧倒的な研究費を使って、スピード感のある研究をおり、知的財産権における競争になっていくと思います。米国の研究機関等との厳しい競い合いつつ、世界をリードする再生医療の早期実現化のためには、日本を挙げての応援体制が必要となっています。ここ1−2年の支援の質と量とスピードが勝負の時だと考えています。

京都大学CiRAでの充分とは程遠い研究施設を視察している中で、国民の理解と支持を得て、以下の支援を積極的に行っていかなければならないと痛感しました。1.幹細胞研究加速のための予算確保2.幹細胞の研究推進体制の確立と研究の加速3.幹細胞を用いた医療応用に向けた研究の加速4.幹細胞に関する特許の確保
posted by 木俣佳丈 at 10:33| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第48回参議院議員木俣佳丈朝食勉強会

31日(第48回参議院議員木俣佳丈朝食勉強会で、米国フォーチュン誌で『マーケティングの達人』と評されるなど、その分析力と企画力には定評があり、お披露目屋として様々な社会現象を巻き起こしてこられました西川りゅうじん氏から「時代を読み、世の中の変化に対応する力を身に付ける」ことの重要性について楽しく教えて貰いました。西川りゅうじん氏は、1980年代にソニー「ウォークマン」の販売促進に大きく貢献し、更に伝説のディスコ「ジュリアナ東京」のPRなどでも注目を集めました。1998年からは鹿児島県本格焼酎マーケティング研究会座長として大都市部における焼酎のPR及び販売促進に尽力し、昨今の全国的な焼酎の人気づくりに大きく貢献されています。2000年に入ってからは、「愛・地球博」キャラクター審査員として「キッコロとモリゾー」を人気者に育てた他、「六本木ヒルズ」「表参道ヒルズ」のコンセプト立案に参画したり、地価上昇率日本一となった「つくばエクスプレス」沿線のPRスーパーバイザーも務められました。アッシー、メッシー、ジモティといった流行語を造られたほか、CNNでキャスターを務めるなどテレビ、新聞、雑誌でも活躍されています。正にマーケティングの達人である西川さんによると、時代を読み、世の中の変化に対応する力を身につけていなければ、何時の間にか企業そのものが没落してしまうそうです。「時代を読む力」が必要であると力説されました。西川氏は、過去に名経営者と呼ばれた方々の中でその面影がなくなっている場合、その大きな理由は、世の中の変化を読めず、その変化に適切に対応できなかったからだと指摘され、フォーブス誌の世界の億万長者番付に常連で掲載されていた名門企業の衰退を例に出しながら説明されました。 西川りゅうじん Mail News75desu.JPG  米国フォーチュン誌で『マーケティングの達人』と評されるなど、その分析力と企画力には定評があり、お披露目屋として様々な社会現象を巻き起こしてこられました西川りゅうじん氏が「時代を読み、世の中の変化に対応する力を身に付ける」ことの重要性について講演してくれました 更に、西川氏は、経営は常にユーザーの立場に立ったサービスの開発・展開が重要であると指摘され、地方に本拠地を置く球団の成功事例について触れられました。サッカーの人気が高まる中で、野球の人気に陰りが出て、視聴率も下がっていますが、地方に本拠地を置く多くの野球球団が、ファンサービスの原点をきちんと把握し、ファンの立場に立ったサービスを考え・展開することにより、ファンが固定化・増大しているのは、球団の経営者が、ファンのための球団を目指し、ファンが何を求めているかを徹底的に突き詰めた上で、ファンのための球団作りをやってきた結果であると説明されました。「関西の阪神タイガース、名古屋の中日ドラゴンズ、九州のソフトバンク、北海道の日本ハム、東北の楽天等のフアンは、チームの勝敗に関わらず熱狂的にチームを応援している」と付加されました。西川氏は、旺盛な好奇心を持ち続けることの重要性についても指摘されました。マーケティングや起業をしようとする人に必要なのは「仕事とは全く関係のない世の中の瑣末な新しい芽生えに深い関心を持ち、その動きを調べる行動力である」と言われ、1955年に55歳で森ビルの前身である森不動産を設立された森泰吉郎氏の飽くなき好奇心の実際を説明されました。学生時代に森ビルから奨学金を給付されていた西川氏は、年に数度、自分が一番興味があることについて、森泰吉郎氏に説明することを求められていました。西川氏は、その発表の度に、「当時80歳を超えていた森泰吉郎氏が知らないだろうと思う若者の新しい風俗について説明した」そうですが、森泰吉郎氏がその全てについて知っていたことに驚いた」と述懐されました。最後に、西川氏は、「タブーへの挑戦」がマーケティングにとって大切なことであると力説され、過去の成功体験や固定概念にとらわれずに、積極的に果敢に取り組むべきだと述べ、一時間に及ぶワクワクする講演を終えられました。なお、次回の木俣佳丈朝食勉強会は9月25日(木)午前7時40分から開始されます。
posted by 木俣佳丈 at 10:16| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月08日

2008年夏の木俣佳丈海外視察報告

今年の夏、7月9日から25日までの17日間、大変長い視察をいたしました。以下はその視察中に思い、考えたことです。 1.コーラスで岡崎高校が世界一に今回は、初めに、私の長女が参加するコーラスの世界大会を見るためにオーストリアに入りました。愛知県立岡崎高校は青少年混成合唱部門で、最高得点で世界一に輝くという快挙をはたしました。ついで、スペインに参りました。スペインではサラゴザ万博が開催中で、大型博である愛知博と上海博の間の博覧会です。また、スペインには特別な想いがありました。19歳の時に行った初めての海外旅行でスペインを訪問してから24年ぶりのスペイン再訪でした。また、最後にイスラエルに参りました。イスラエルでは、「エルサレムサミットアジアV」という国際会議に出席しました。個人的にも、クリスチャンとして、信仰的な意味でも素晴らしい旅行になりました。 2.スペインは世界第8位の大国スペインでは、到着した夜、吉川元偉大使との夕食会を行って頂きました。スペインは、私が学生の頃、行ったときには、西欧の途上国というイメージで、旅行するにも非常に安く、国民も非常に明るいというイメージでしたが、それも今や昔。今や、世界第8位の大国になり、特に、スペインの国際貢献、政府開発援助(ODA)は、既に対GDP比率で0.41パーセント。これは日本ではとても追いつかない数字になりますが、国際貢献も積極的にしているということを知り、驚きました。(参照 日本のODA対GDP比率は0.17%です。)一人当たり国民所得は2万9000ドルということで、日本には遠く及びませんが、ホテルの料金や食事など、私のいた頃とは、比べものにならないほど高く感じました。つまり、20年で一人当たりGDPが約1万ドルから約3万ドルへと3倍になったわけです。財政も3年連続黒字となっている。また、全世界の中で、ベストテンに入る銀行が二行あるということを驚きをもって聴きました。また、そういう良好な経済関係を背景に移民も急増し、現在450万人、人口の10パーセントが移民であるようです。もっと投資貿易が、日本から行くべきではないか。つまり、スペインを経由してラテンアメリカ、スペインを経由してヨーロッパ、または、スペインを経由してアフリカ・中東、いう可能性が非常にある国であり、それがまたスペインは日本に対して非常に好感を持っていることも合わせて、もっと注目すべき国ではないかと思いました。大使との夕食会で久し振りに、街に行きました。特に、19歳の時、セゴビアで会って、三度も食事に招待されたスペインのお医者さんご夫妻に、お礼を言いたいので、その方を何とか探せないかとお願いしました。 3.サラゴザ万博サラゴザは、その翌日参りました。丁度、私が行っている時に皇太子殿下もお見えになり、7月21日はJapan Dayということで、大変盛り上がっておりました。サラゴザ万博は愛知博と上海博との間にあるテーマ博です。テーマは、水についての重要性を考えるという、環境博です。サラゴザの開会式のときに、スペイン国王から「愛・地球博と上海博をつなぐ「橋」となりたい」という発言があり、愛知県民としても、上海万博の顧問としても、大変心強く感じました。実は、皇太子殿下は大学の時に、テムズ川の研究で修士を取られ、水の専門家でもいらっしゃるということで、会場でも水についての講演を30分間されたようです。会場で、スペイン館、アラゴン館、中国館、フランス館、日本館、そしてエルフアロ(灯台という名前)の市民参加プロジェクトなど一日で駆け足で回りました。

IMG_1523 中国館.JPG


中国政府代表と



外国館では、日本館が一番の人気となっているようです。政府代表の宮本さんにも久し振りにお会いし、その張り切っている様子が非常に感激的でした。特に、日本館では、第一ブロックで、浮世絵を使いながら、日本が江戸時代から水も紙も、色んなものをリサイクルしてきた様子を三面の全面縦7−8メートルの映像で表していました。一部の終わりでは、画面が二つに分かれ、その上から高さ7メートルの滝が流れ、滝の横を、滝つぼを通っていくという素晴らしい仕組みが作られていました。




IMG_1537 パビリオン.JPG

エルファロの前で

そして第二ブロックでは、サラゴザでスペシャルブレンドしたサラゴ茶というお茶を手に、五感をフルに開かせるような世界中の美しい映像を見ながら進んでいく仕組みになっています。
結論から言うと、愛知博は、地球規模の問題に対しての提言に成功したということが一つ。また、いわゆるデイズニーランドなどは非常に楽しいけれども、問題意識を持たせるまでには至らない一方で、愛知博は一味違ったイベントに脱皮、イベントとしても、非常に成功させたのです。ですから、万博の世界では日本は本当のリーダーであるということになっているようです。本当に日本館の皆さんには大変お世話になりました。




IMG_1515 スペイン 三人.JPG

大変お世話になった日本館の宮本代表と

 

4.スペインへの投資拡大7月17日に、マドリードに戻りました。マドリードのアトーチャ駅からサラゴザ駅までAVEで約1時間20分、飛行機並みのサービスです。お絞りが出る。そして軽い食事が出る、その他、必要に応じて、水やジュースを配るなど非常に心地が良いサービスがありました。帰って直ぐに、スペインへの投資を促進することを目的とするINTERESを訪問し、対内投資の促進について伺いました。次いでマドリードへの投資を促進するプロモマドリ(PROMOMADRID)に参りました。プロモマドリでは、再生可能エネルギーやITCなどに対してもっと積極的に投資をして欲しいなどの話がありました。私は、スペインへの投資が、ラテンアメリカ、アフリカへ、特に、今、食糧とエネルギーが大変な困難をきたしているので、スペイン経由でラテンアメリカに投資をし、そして食糧の輸入の確保を図る。また、バイオエタノール始めとして、植物由来のエネルギーなどもスペインを経由して、輸入するというような連携が出来たらどうか、ということを話しました。更に、プロモマドリからは次の要望がありました。@近々、支所を東京に作りたいので、ぜひ、手伝って欲しいと依頼されました。Aマドリードー東京間の直行便が今ありませんが、マドリードー東京間は、採算は取れるので、直行便を是非飛ばして欲しい。B毎年開催されるマドリード・東京フォーラムに、日本との企業間交流、文化交流をしたい。何とか協力したいと思います。 5.ピカソの大作「ゲルニカ」とにかくスペインで感じたことは、夜が長いということです。7月のスペインでは午後10時ごろまで、十分に明るいのです。食事も早くて9時ごろから始める。ですから昼食は2時。私としても、調子が狂うような気がしました。しかし、久し振りの日本では食べられないスペイン製の生ハムなど大変美味しく食べ過ぎて、大変喉が渇いたことを後悔いたしました。プラド美術館に久し振りに行きました。前回、来たときにはピカソの大作であるゲルニカは未だプラド美術館にありました。これは縦4メートル、横8メートルぐらいの大きな絵になりますが、丁度、スペインの内戦、正に、フランコ独裁の暗い時代を、ピカソが描いたわけです。大変厚い防弾ガラスの中に入っておりました。今は、ソフィア王妃美術館(マドリッド)に収蔵され、むき出しの形で飾られているのが、非常に印象的でした。しばし、感慨にふけっておりました。 6.日産のアビラ工場視察翌日は、ホテルを出て、日産のアビラ工場(スペイン国内では日本からの最大の投資となる)に参りました。アビラ工場は、ピックアップトラックを中心に年間に3万台程度の工場となっています。アビラは、城壁の町であり、世界遺産に登録された旧市街が非常に美しい街です、また、アビラ牛というのは大変有名なところでもあるというので、楽しみに参りました。アビラではスペイン人の工場長とバルセロナ日産の副所長から色々な話を聞きました。@常にローカルコンテンツは70パーセントを超えているが、なかなか技術のスピンオフというものがないということ。つまり、この工場発で中小の町工場がグレードアップしていくようにしていきたい。Aプライドを持って皆が働いている素晴らしい働き場であり、みんな死ぬまで働きたいと思っていることは嬉しい、などの意見を言われました。

実はこの工場は1950年代に出来た工場でありますが、日本の工場のように、非常に綺麗でキビキビ動いている姿が大変印象的でした。スペインの大変面白いことは、例えば、夏の時間になりますと、朝は8時半ぐらいから、昼間、3時ぐらいで仕事を終えて帰るというような仕組みとなります。また、夏休みも、約一ヶ月あるようです。
昼食はセゴビアまで足を伸ばし、子豚の丸焼きで有名なカンデイドというレストランに参りました。スペインで最も有名なレストランの一つで、私も19の時に来て以来でしたので、感慨無量でした。 7.スペインの好調の理由夕方には、新村経営研究所代表と意見交換をいたしました。もうスペインに40年近くいらっしゃる方で、本当にあらゆることに精通されています。新村氏は、スペインではこの20年間で一人当たりの所得が3倍になったと言われ、スペイン経済が好調の理由として次の要因をあげて説明してくれました。@EUに加盟し、付加価値税も導入し、制度的な安定性が出来たA賃金が比較的に安いB上記の二つの要因でEUの中の生産基地となっているCEUの補助金が年間1兆5000億ユーロぐらいずつ入って、インフラづくりでは、非常に役に立っている。新村氏は、こんなに日本人を好きな国は、ヨーロッパの他にはない。十分に、お互いに持ちつ持たれつでやって欲しいと言われました。是非、スペインのことを忘れないで欲しいと強調されました。因みに、一昨年、高村正彦現外務大臣が来るまでの過去三年間、国会議員は誰も立ち寄っていないようです。私としては、日本がこのスペインへもっと積極的に投資をするようにするには、何が出来るか、ということを考えたいと思います。特に、日本の中小企業なども積極的にここに投資しながら、新たなる市場の開拓が出来るのではないかと思いました。また、スペインと日本は、アメリカ以外でイージス艦のシステムを持っている国でもあり、安全保障上でも連携を取りながら、色々出来るのではないかと思います。まとめますと、スペインは、日本にとってヨーロッパのカウンターパートとして、もっとも適しているではないかいう思いを持ちました。スペインにとっても日本は、技術的・資本的にも、必要である。日本にとってもスペインのこの明るさ、文化性、ソフトパワーというのは重要であると思い、これから定期的にスペインのことを見て参りたいと思いました。 8.イスラエル訪問7月19日から、イスラエルを訪問いたしました。マドリードとイスラエル間は約4時間半程度で、思った以上に短い距離であると驚きました。飛行機を降り、ロシア課長の頃から親しくさせて頂いていた松田邦紀公使の姿を見つけた時には、ホットいたしました。今回は大変長旅であり、イスラエルが最終目的地でもあるということもあって、荷物が出てきたとき、ホットしたのも忘れられません。



IMG_1579 夕食会.JPG



鹿取克章大使と松田邦紀公使等とアラビア
のローレンスの
愛したホテルで夕食を一緒にしました



エルサレムでは、初めに、鹿取克章大使が、アラビアのローレンスなどが大変好んだアメリカンコロニーホテルで夕食会を開催して下さり、松田邦紀公使、四宮光彦一等書記官等とイスラエル事情の説明を受けながら食事を取りました。
エルサレムは西と東に分かれます。西の方はユダヤ人地域、そして東の方は幾つかに。旧市街を含み、ユダヤ地域、そしてイスラム地域、そしてクリスチャンの地域。ホテルはその中のアラブ地域に入ります。そのホテルを選んだのは、ユダヤ地域は金曜日の日没から土曜の日没までは宗教的な理由であらゆる店が開いていないからだということでした。大使との話をまとめますと次のようになります。@中東和平の努力は大変に重要で、エルサレムの和平がイスラエルとパレスチナの和平につながる。そして、その二国間の和平が中東全体、世界全体の和平につながる。そのなかで、A例えば、日本も日本イスラエル、日本パレスチナ、という二国間の関係だけでなくて、いわゆる地域一体、ヨルダン、エジプトも含めての地域間の協力を保って、和平を進めていく環境を整えたいB更に具体的に、例えば水の問題、ヨルダン川の水の問題や、死海(海抜マイナス400メートルの世界最低位にある塩分濃度22パーセントの湖)の環境問題など、今年の秋にも具体的な委員会を立ち上げて解決をしていきたいCエルサレムの問題、更には、パレスチナ・イスラエルの和平がイランなど他の強硬な国々の言い訳を抑えることにつながるので、そういう状況を日本としても作りたいとのことでした。 9.第五回エルサレムサミットアジア会議二日目からの丸二日間はホテルに缶詰でした。150名の各国の参加者と共に第五回エルサレムサミットアジア会議に出席し、意見・経験等を共有しました。5月のワシントンでの会議に続く会議ということもあって、知り合いも多く、特に一番の主催者であるベニー・アロンさんは、二回観光大臣もされており、既に、本当の友であるという気持ちを強く持てる人です。彼とは、二日目の夕方、クネセット(イスラエルの国会)を訪問し、数十名のクネセットの議員たちと色々話をさせて頂きました。彼の人望の厚さや、また、友人の多さ、更には、若手を教育しようという気持ちがあり、これに非常に感動しました。もともとはユダヤ歴史の教授であることもあって、教育家という観点からも素晴らしい人間であるなと思いました。
 

IMG_1599 エルサレムサミットアジアV.JPG

第五回エルサレムサミットアジア会議で演説する私


会議の中では、色々な意見が出され、それに対する質疑応答をいたしました。まず、@大前提としては、聖書の中にある「契約」というものがイスラエル建国も含めて達せられていること。例えば、何もない大地から世界最高の科学技術が出てきたり、世界のある意味の中核的な場所であったり、聖書の契約の通りに進んでいることを感じるという意見、また、A中東で起きている力による統一というものは絶対に壊れる、特に、独裁的な政治体制はいずれ排除されなければならない、そういう中にあって、B中東地域にアラブが22ヶ国ある。民主国家としてはただ唯一、イスラエルがあるだけであり、丁度、サッカー場の中に、マッチ棒が置かれたような、そういう位置で、脆弱であるということ。Cイスラム教過激派の学校、マドラツサという学校があるが、一杯のお米をあげるからイスラムに改宗しろという強硬な人たちも広く分布するようになったこと。D更には、この会議についても、アジアのリーダーに集まってもらい、特にユダヤと、ユダヤ・クリスチャンの一致によって、聖書の契約を達成し、また、ユダヤの人たちを、特にアジアのクリスチャンたちが認め、助けて欲しいということなどが話されました。

また、非常に強烈なインパクトを持ちましたのが、次の二つの点です。第一点は、ガザを実行支配しているハマスなどは、その目的は全てをイスラムに帰属させ、全てをイスラムに集中するものである、ということ。つまり、あらゆるイスラム教徒がユダヤ人に対して、戦い勝つまで、何でもし続けるように洗脳しており、パレスチナの18歳から24歳に対するアンケートで、イスラエルが存在する権利があるのかという答えに未だに91.7パーセントが「ノー」と答えているということ。穏健的と言われるフアタハですら、憎しみの洗脳を続けている。ジャハダという自爆テロについて70−80パーセントの子供たちがそれを憧れ、「死」と「ジャハダ(聖戦の死)」は違うというそういう意見まで持っているという状況。二点目は、UNRWA(アンルワ)は、パレスチナ難民だけを救済する機関です。難民救済にはUNHCRが有名ですが、この機関は非常に特殊でパレスチナ難民という一つのカテゴリーだけのためにある珍しい国連機関です。特にスタッフもUNHCRが5000人に対して、UNRWAは2万5000人と5倍いるということ。予算もUNHCRは約100億円に対し、500億円がUNRWAの予算であるということ。そして、難民の認定も一般的に言うと、政治または経済難民ということが、その都度、計らわれるわけですが、UNRWAの場合には、1946年の6月から1948年の5月までに、政治難民になったものと「その子孫」という意味で、どんどんその数を増やしているという可笑しな機関であるということ、更には、具体的に、テロリストをかなり雇っている、そしてUNRWAに寄付された救急車を使って、武器弾薬を運ぶのみならず、その中の一部は自爆テロをしているということ。こういったことを学びました。日本もかなりの援助をしているということなので、何としても、こういったことは止めたいと思いました。





IMG_1614 サミット集合写真.JPG

第五回エルサレムサミットアジア会議参加者との記念写真

10.聖地巡礼
また、エルサレムでの3日目、4日目は、視察を致しました。私にとっても初めての聖地巡礼で、大変に関心も高く、最後にイエス様がローマに捕まる前に弟子たちと分かちあったオリーブ山に登り、そしてそこにその当時からあるオリーブの木を見て、2000年の年月を感じました。旧市街の東エルサレムにはユダヤ教の第二神殿の壁だけがあり、その壁が夜露に濡れて湿るところから「嘆きの壁」という名前がついており、ユダヤ人が壁に向かい、祈りを捧げる姿を見ました。その直ぐ横にはイスラムの黄金のドーム、そして銀のドームがあり、その中には祈りをささげるイスラム教徒がいました。

IMG_1649 木俣佳丈 嘆きの壁.JPG


「嘆きの壁」に触れながらお祈りをする私


また、クリスチャンの地域があり、アルバニアの地域があり、四つの宗教の聖地になっているという非常に複雑な場所をゆっくりと見学しました。ただ、残念なのは、嘆きの壁などユダヤ聖地は、非常に寛大に対応をしてもらったのに対して、金のドームなどイスラムの聖地については、かなり厳しく入館を断わられました。そして、イエスキリストが、十字架にかけられるまでの、その歩いた道をずっと歩いて参りました。

この地で、2000年前に、実際にイエス様が生まれ、そしてここで十字架につけられ、そして我々の救いのために、殺され、三日目によみがえった、その地を噛みしめながら、歩きました。

午後はジェリコというイスラエルの占領地地域、ヨルダン川の西岸地域に参りました。ここも世界最古の街、ジェリコがあったところで、丁度、ザアカイという取税人が登った地であるとか、色々聖書に関する場所は多くあります。また、ここにはJICAのパレスチナオフイスがあります。こちらにも立ち寄り、「平和の回廊」の提案をした日本政府の実効ある援助に対して期待をしているということを述べて参りました。JICAの職員がそこに常駐していないということについて、私は問題があるということを言って参りました。
その後、いよいよマイナス400メートル、世界最低位にある湖、そして生き物がまったく住まない塩分濃度22パーセントの死海に行き、少しだけ水浴を致しました。

先ず、本当に体が浮くという塩分濃度であるということ。また、丁度、水が出て行く川がなく、そして40数度の気温で熱されるということで、ミネラルが多い、美容などに死海の泥や塩というのが使われますが、舐めますと、辛いというより、かなり「痛い」ような、また長くいると、本当に体の中の水分がかなり抜けていくという、そういう現象を感じました。
最後に、ユダヤ人がこのエルサレムをローマから守ったマサダの城砦に参りました。ここで2年数ヶ月、大軍のローマ軍を相手に戦い、最後は集団自決をするという凄惨なところでもあり、「マサダの悲劇を繰り返すな」がユダヤ人の言葉にもなっている、すさまじい地域を歩きました。

最終日には、ソロモンの墓に参りました。また、不思議なことにいわゆるイエスキリストが十字架につけられた場所というのがプロテスタントとその他の宗派では違います。19世紀になって、イギリスのプロテスタントたちが、市外のかなり外にあったのが本当であろうという論拠として、いわゆるゴルゴダの丘ではないかと、そこをいわゆるイエスの十字架につけられた場所ということにしたようです。ただ、私は、場所はどこであろうとあまり争いをしたくないと思いました。また、約2000年前、イエス・キリストが昇天し、そこから死体がもぬけの殻になったお墓の場所にも参りました。

また、ホロコースト美術館にも参りました。以前、ワシントンのホロコースト博物館にも参りましたが、ユダヤ人600万人の大量虐殺をする、そのあり方に対して、極めて言葉で表せない怒りを、そして悲しさをもちました。本当に悪魔の仕業であるということを思いました。二度とこういった恐ろしいことが起きないことを心から祈ると同時に絶対に人間がこんなことをしたということを忘れてはならないと思いました。そこには、ユダヤに貢献した方々の石碑がありました。杉原千畝さんもその一人であり、日本人として非常に誇りに思いました。自分もこういったことが出来るならと思いを強くしました。

午後になり、IAIという航空機とプライベートジェットや人工衛星を造る会社に参りました。特に、アメリカのプライベートジェットもIAIのシステムを使わなければ出来ず、また、人工衛星、イージス艦の三世代後継の最新鋭の艦船などもIAIの協力がないとできないということでありました。
スパイ衛星の打ち上げなどは、極めて高価でありますが、IAIの価格との差を感じ、今後、IAIとも協力するようにと、大使館にもしっかり伝えました。



IMG_1626 イスラエル要人と.JPG

イスラエルの国会議員と


最後の訪問場所は、エルサレムに残るキブツです。キブツとは自発的な集産主義的共同体であり、共産主義の香りの残るイスラエルならではのところです。キブツの構成員は広大な敷地を持つキブツで住み、そこの工場や農場等で働きます。私の事務所の政策秘書の谷口さんもキブツでボランテイアとして働いていたということもあり、私も大変関心を持ちました。

キブツでは、個人の財産と言えるものはほとんどありません。土地・家屋・生産設備等あらゆるものがキブツに属します。

キブツでは、あらゆるものが無料です。衣料、食費、住居、医療、学費が無料で、図書館・テニスコートやプール等も完備しております。幼稚園、小学校・中学校もキブツの中にあります。高校以上になるとキブツの外にある学校に行くようです。
キブツの構成員の方々は快適な生活をされています。従って、キブツで生活している限り現金は全く必要ではありません。しかし、時折、何らかの折にキブツの外へでる際に必要となる交通費などのために、毎月、わずかな現金が支給されています。

「いま、200ぐらいしかキブツがなく、本格的なキブツというのはかなり絞られている」と、私が訪問したキブツのマネージャーは、残念がっていました。イスラエルの建国の頃、一人では、一家族では出来ないことをキブツで集団で助け合いました。農業を営み、そして、色んなものを分担して作り、それを売り、共同で喜び合う、そういうあり方も、非常に人の生き方として素晴らしいのではないかと思いました。

イスラエルの視察を通して、次のことを考えました。
@大変厳しい安全保障、または治安に対する思いがある。例えば、10人以上の青年が一緒に動く時には、自動小銃を持たなければいけないというような状況を拝見しました。A聖地として、またある意味での世界の中心であるエルサレムが何とかより平和になってもらいたいBそういう中にあっても、灌漑設備であるとか、または最新鋭の情報通信機器であるとか、大変進んだ技術立国のイスラエルと日本が、もっと深い関係を築いていかなければならないと、強く思います。

内村鑑三先生が二つのJと言って、JapanとJesusという言葉を使われました。私は、第五回エルサレムサミットアジアでの演説の中で、もう二つ、JewとJerusalemに責任を持ちたいということを述べました。





イスラエル観光親善大使任命書.JPG

イスラエル親善観光大使任命書を抱えて
日本イスラエル観光
の拡大に力を注ぐ決意を新たにしています

 

この度、イスラエル観光親善大使に任命されましたので、これからも一層平和貢献の分野で積極的に活動して参りたいと決意をさせて頂きました。


追記 第五回エルサレムサミットアジアで私がスピーチをしました。その原稿を下記に記載します。

第五回エルサレムサミットアジアでの私のスピーチ原稿

Every time I address my message, I feel my brain IQ deteriorates. This is because I should speak in English and think in English. So I would appreciate I would be much smarter than what you think I am.
 1.It is my honor to participate this meeting, Jerusalem Summit Asia V. 2.And I congratulate this conference is successful due to the effort of all of participants, especially Elon, Josh and Malisa. Thank you for your hospitality and neat design for this conference.3.      Now my heart desire has come true. I知 in Jerusalem. As a believer in Christ, to tell the truth, I really want to go outside to see and pray in the biblical place. But until tomorrow I have to think and pray for with you Israel peace.4.      Iwould like to congratulate of Israel痴 60th Independence Day in 1951. It seems biblical prophecy has been accomplished in 1951. I with my soul and heart pray all prophecy will be completed. Like other countries, Japan recognized the State of Israel. Since then, Japan has been a good friend of Israel. Even this time I・m very surprised Japanese delegation count over 30 persons. This is appearance of situations, and due to of the powers, Okuyama-sensei, Yokoyama and others. 5. Last May in D.C., like Josh said a lot of representatives came together to share the situation of Israel and talk about the importance of Judeo-Christian heritage, that is rock on our civilization, said Elon. There exists the real threat of extremism, radicals. Yesterday I learned again how dangerous extremists did, even for children, massive brain washing. Last night, I really feel sad and could not forget the one girl word, 泥eath is not shahadal.・As a father of four children, I really help them and pray to God.6. Matthew 22:36 the teaching of the Great Commandment, Teacher, which is the greatest commandment in the law? Jesus said Love the Lord your God with all your heart, with all your soul, with all your mind. Second is like it, love your neighbor as yourself, on these commandments hang all the laws and prophecies.7. Even though Japan does not have physical threat but we have a lot of problems between Korea, China, Russia done by Japanese Empire痴 days. We have to love each other, pray God for destroying the plan of devil.8. I知 sure that Israel is a promised land of God, Holly place and in Middle East only  place there痴 democracy. There痴 no peace in the Middle East without Israel and Palestine peace. Without the Middle East peace, there痴 no peace of the world. And we shall think we were steps of peace building, through cooperation and unification of Jeudo-Christian heritage, even among Christian, there is little intention between Catholic and Protestant.9. Before closing my message, I would like to propose toward reconciliation.1) To strengthen not only the relationships between Israel and Palestine, but also, as a region, Israel, Palestine, Jordan and Egypt, we think more cooperation between four countries, Elon said. The Japanese Government also thinks about solution as a region. In 2006 Prime Minister Koizumi visited Israel. Japan proposed the Corridor for Peace and Prosperity, as its mid-term effort to generate hope and trust between Israel and Palestine. Water sufficiency PB, polluted dead sea PB, We will hold concrete ad hold up some committees on it.2) Tourists coming from Japan count on only 10,000. There is one million Christians. We need double or triple of this. So we need direct flight to Tel Aviv. And youth relationship is more important like faith to God. Over 10 years, Japanese Government did youth meetings between Israel and Palestine. Sounds very good. At the last day evening, they hug and weep each other.3) Last of all, it is difficult to say, but, we should think more the status of Jerusalem.4) I respect one Japanese Christian named Kanzo Uchimura. He wrote a bestseller book 笛apan and Japanese.・Then he said he had and felt the responsibility for two Js, Japan and Jerusalem. And now I feel, putting two more Js, Jesus and Jerusalem. I feel responsible for four Js. He also said. I for Japan (Jerusalem)Japan for the WorldThe World for ChristAnd All for God I would like to live a life on the John 12:24Jesus said, Unless a grain of wheat falls in the ground and dies, it remains alone, but if it dies, it produces much grain. Thank you very much!God bless you all!            
posted by 木俣佳丈 at 23:12| 東京 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

京大でiPS細胞研究の最新状況を学ぶ

日(午後、うだる暑さの京都に出かけました。京都に出かけたのは、京都大学物質−細胞統合システム拠点iPS細胞研究センター(CiRA)を視察し、iPS細胞研究センター長・山中伸弥教授から直接、iPS細胞研究の最新状況を学ぶためでした。ご存知のように、昨年11月21日、京都大学の山中伸弥教授らの研究チームが、人間の皮膚細胞からさまざまな臓器・組織の細胞に成長する能力を秘めた万能細胞(iPS細胞)を作ることに世界で初めて成功されました。このiPS細胞は、将来の再生医療(損傷を受けた生体機能を、幹細胞などを用いて復元させる医療)の有力な武器になると期待されています。iPS細胞の技術を使えば、患者さんの細胞を使って病気の原因を解明したり、薬の副作用の評価をすることが可能になります。iPS細胞の利用は、倫理的にも問題がありません。本年4月16日、iPS細胞を含む幹細胞を利用した日本の医学研究が世界をリードし、再生医療が早期実現化するよう、最先端の研究に従事している優秀な研究者を支える制度・環境づくり等を支援することを目的に、幹細胞(iPS細胞、ES細胞など含む)研究支援議員連盟(会長:元経済企画庁長官・衆議院議員船田 元)設立され、6月4日に理化学研究所・筑波研究所バイオリソースセンターを、続いて6月18日に理化学研究所・横浜研究所を視察しました。  0801 松浪 健四郎IMG_0268.JPG

8月1日、(福田康夫改造内閣の閣僚名簿が発表された日に行われた)
CiRA
見学の後、松浪健四郎文部科学副大臣は、「次期の文部科学大臣にも、
iPS
細胞研究支援の重要性を引き継いでもらうように全力を尽くします」と発言 

しかし、国会開会中は
京都大学物質−細胞統合システム拠点iPS細胞研究センター(CiRA視察がなかなかできず、国会が閉会になってようやく、CiRA視察を企画・実行できたわけです。同議員連盟の事務局長としてホットしました。
参加したのは、衆参の国会議員9名です。それにNHKを含むマスコミから20名ほどの取材参加がありました。CiRA視察の内容は、(1)iPS細胞研究センター長・山中伸弥教授による「京都大学物質ー細胞統合システム拠点iPS細胞研究センターでの研究推進状況」の説明、(2)CiRAの施設の見学、(3)質疑応答でした。山中伸弥教授は、臨床応用に向けたiPS細胞研究に関する以下の分野での最新の取り組みを説明されました。@誘導法の抜本的改良、A日本人由来iPS細胞の樹立、B分化誘導技術の確立、C安全性の確保山中教授は、iPS研究の進捗状況のバロメーターである論文数で見ると、米国が日本を圧倒していると発言され、現在のiPS研究の進捗状況に深い危機感を募らせていました。確かに2006−2008年のiPS関連論分数は、米国の20件に対して日本はその半分強の11件しかありません。山中教授はiPSに関する特許出願もそのような状況になっていると推測されていました。iPS細胞の樹立が、わが国から出たということは大変喜ばしいことですし、大変名誉なことでもあり、日本の生命科学研究・医学研究が高いレベルにあることを世界に向けて知らしめした世紀の快挙と言えます。しかし、その後の展開は日本にとって芳しいものとは言えない状況になっていると深く憂慮しています。再生医学の国際的な拠点である米国のハーバード大学や米国の医療研究の中心でもあり、研究費の配分機関でもある国立保健研究所(NIH)等は、世界各国から集まった優秀な研究者が日本に比べて圧倒的な研究費を使って、スピード感のある研究をおり、知的財産権における競争になっていくと思います。米国の研究機関等との厳しい競い合いつつ、世界をリードする再生医療の早期実現化のためには、日本を挙げての応援体制が必要となっています。ここ1−2年の支援の質と量とスピードが勝負の時だと考えています。 京都大学CiRAでの充分とは程遠い研究施設を視察している中で、国民の理解と支持を得て、以下の支援を積極的に行っていかなければならないと痛感しました。1.幹細胞研究加速のための予算確保2.幹細胞の研究推進体制の確立と研究の加速3.幹細胞を用いた医療応用に向けた研究の加速4.幹細胞に関する特許の確保
posted by 木俣佳丈 at 20:58| 東京 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第48回参議院議員木俣佳丈朝食勉強会

31日(第48回参議院議員木俣佳丈朝食勉強会で、米国フォーチュン誌で『マーケティングの達人』と評されるなど、その分析力と企画力には定評があり、お披露目屋として様々な社会現象を巻き起こしてこられました西川りゅうじん氏から「時代を読み、世の中の変化に対応する力を身に付ける」ことの重要性について楽しく教えて貰いました。西川りゅうじん氏は、1980年代にソニー「ウォークマン」の販売促進に大きく貢献し、更に伝説のディスコ「ジュリアナ東京」のPRなどでも注目を集めました。1998年からは鹿児島県本格焼酎マーケティング研究会座長として大都市部における焼酎のPR及び販売促進に尽力し、昨今の全国的な焼酎の人気づくりに大きく貢献されています。2000年に入ってからは、「愛・地球博」キャラクター審査員として「キッコロとモリゾー」を人気者に育てた他、「六本木ヒルズ」「表参道ヒルズ」のコンセプト立案に参画したり、地価上昇率日本一となった「つくばエクスプレス」沿線のPRスーパーバイザーも務められました。アッシー、メッシー、ジモティといった流行語を造られたほか、CNNでキャスターを務めるなどテレビ、新聞、雑誌でも活躍されています。正にマーケティングの達人である西川さんによると、時代を読み、世の中の変化に対応する力を身につけていなければ、何時の間にか企業そのものが没落してしまうそうです。「時代を読む力」が必要であると力説されました。西川氏は、過去に名経営者と呼ばれた方々の中でその面影がなくなっている場合、その大きな理由は、世の中の変化を読めず、その変化に適切に対応できなかったからだと指摘され、フォーブス誌の世界の億万長者番付に常連で掲載されていた名門企業の衰退を例に出しながら説明されました。

 西川りゅうじん Mail News75.JPG

米国フォーチュン誌で『マーケティングの達人』
と評されるなど、その分析力と企画力には定評があり、
お披露目屋として様々な社会現象を巻き起こしてこられ
ました
西川りゅうじん氏が「時代を読み、世の中の変化
に対応する力を身に付ける」ことの重要性について講演
してくれました
 更に、西川氏は、経営は常にユーザーの立場に立ったサービスの開発・展開が重要であると指摘され、地方に本拠地を置く球団の成功事例について触れられました。サッカーの人気が高まる中で、野球の人気に陰りが出て、視聴率も下がっていますが、地方に本拠地を置く多くの野球球団が、ファンサービスの原点をきちんと把握し、ファンの立場に立ったサービスを考え・展開することにより、ファンが固定化・増大しているのは、球団の経営者が、ファンのための球団を目指し、ファンが何を求めているかを徹底的に突き詰めた上で、ファンのための球団作りをやってきた結果であると説明されました。「関西の阪神タイガース、名古屋の中日ドラゴンズ、九州のソフトバンク、北海道の日本ハム、東北の楽天等のフアンは、チームの勝敗に関わらず熱狂的にチームを応援している」と付加されました。西川氏は、旺盛な好奇心を持ち続けることの重要性についても指摘されました。マーケティングや起業をしようとする人に必要なのは「仕事とは全く関係のない世の中の瑣末な新しい芽生えに深い関心を持ち、その動きを調べる行動力である」と言われ、1955年に55歳で森ビルの前身である森不動産を設立された森泰吉郎氏の飽くなき好奇心の実際を説明されました。学生時代に森ビルから奨学金を給付されていた西川氏は、年に数度、自分が一番興味があることについて、森泰吉郎氏に説明することを求められていました。西川氏は、その発表の度に、「当時80歳を超えていた森泰吉郎氏が知らないだろうと思う若者の新しい風俗について説明した」そうですが、森泰吉郎氏がその全てについて知っていたことに驚いた」と述懐されました。最後に、西川氏は、「タブーへの挑戦」がマーケティングにとって大切なことであると力説され、過去の成功体験や固定概念にとらわれずに、積極的に果敢に取り組むべきだと述べ、一時間に及ぶワクワクする講演を終えられました。 
posted by 木俣佳丈 at 20:52| 東京 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月24日

「こうして伸ばす 子どもの脳力・子どもの学力」出版記念パーティが開催される

6月25日(水)、木俣佳丈・名古屋後援会「(よう)虎会(こかい)」が私の最新の著書「こうして伸ばす 子どもの脳力・子どもの学力」の出版記念パーティを開催して下さいました。お蔭様で、会場となった名古屋のウエスティンナゴヤキャッスルに600人以上の方々がお集まり頂く盛大な会になりました。心より感謝申し上げます。

鷹虎会代表幹事の株式会社サンヨーハウジング名古屋代表取締役社長宮ア宗市氏は、開会の挨拶で、日本の活力を維持・強化させるためには教育の改善が不可欠と発言され、私の教育に取り組む姿勢を高く評価してくださいました。

 


74 発起人一同.JPG

木俣佳丈・名古屋後援会「
(よう)虎会(こかい)」主催の「こうして伸ばす 
子どもの脳力
・子どもの学力」出版記念パーティで、発起人が
全員ステージ上で私たちを
激励してくれました。中央は
代表幹事安井隆豊氏
 

第一部の鼎談で、立命館小学校副校長の山英男氏と前犬山市長の石田芳弘氏と私の三人が少子高齢化・国際化に向かっている日本の子供たちの教育の在りかたと方向について、各々の経験に基づいて語り合いました。

私は「こうして伸ばす 子どもの脳力・子どもの学力」を出版するに至った経緯と子供の教育を重点とする私の「日本のグランドデザイン」についてお話させて頂きました。   

近年の学力低下を憂慮されている山氏は、「午後9時までに寝る子どもの成績が一番良いことをデータが実証している」と述べ、学力を向上させるためのベースは「早寝、早起き、朝ごはん」の実践にあると強調されました。山氏は、更に「早寝、早起き、朝ごはん」を実践すれば、知能指数も1年で一気に伸びることを具体的な数字をもって説明されました。

「百ます計算」の生みの親であり、山メソッドを全国で展開されている山氏が主張される「早寝、早起き、朝ごはんの実践」の提案は説得力があります。会場のお母様方から「明日から子供たちに早寝早起き朝ごはんを実践させます」との声が沢山聞こえてきました。

一方、「自分のまちの子どもたちは自分たちで育てる」という理念のもと、少人数学級の導入や副教材の製作などで「犬山市を教育のまち」として全国的に有名にした石田氏の教育行政にかけた思いに非常に感銘を受けました。

石田氏は「学力観は人生観と同じように、いろいろあって良い」との興味深い考えを教示され、その上で、石田氏は、「学力」に関しても通常の定義である「学習によって得られた能力」ではなく、学びの基礎基本が出来ている人が、内発的な欲求から自ら楽しみながら身に付けてくる、知恵や判断力が「真の学力」であると力説されました。

第2部の懇親会では、私が経団連を辞めて実家のある豊橋市に戻ってきてからかれこれ15年の間支え続けて下さっている方々から激励のお言葉を頂きました。最初に、発起人を代表して、鷹虎会代表幹事として力強く支えて下さっている安井家具株式会社代表取締役社長安井隆豊氏より温かい言葉を頂きました。

中部経済連合会筆頭副会長の中部ガス株式会社会長神野信郎氏も駆けつけて下さり、激励の言葉を贈ってくれました。上海万博のポスターを手がけられる城戸和子さんも素晴らしいお話をしてくださいました。

株式会社ノリタケカンパニーリミテド顧問の佐伯進氏が乾杯の音頭を取って下さり、宴が華やかに開かれました。

私は来る7月12日に議員生活10年を迎えます。初当選以来、いや国政に初チャレンジした時からこれまでの人生を思い巡らせ、その間に私を支えて下さったお一人おひとりに感謝しました。そうした中に、実家の債権者の方々もいます。実は、最初の国政選挙に立候補する前に実家が破産し、その債務の返済に奔走していた苦しい長い時期がありました。そんな時「自分の債権は放棄する。でも、その債権は社会に還元して」と言って下さった債権者がいらっしゃいます。彼らの寛大なお気持ち・ご配慮が忘れられません。深くお礼を申しあげるとともに、これから進む道についての覚悟を皆様にお誓い致しました。

出版記念パーテイ懇親会は、中国人留学生が楽しい歌を披露してくださったこともあり、大変和やかな会になりました。

エールは一橋大学の同期で応援団長だった堀田武靖君にやってもらいました。

宴もたけなわの時、常日頃大変お世話になっている豊島株式会社取締役副会長豊島コ三氏が中締めの挨拶に立ってくれました。豊島さんの力強いメッセージを伺っているうちに、体の中からこんこんと明日への力が湧き出てくるのを感じました。本当に有難うございます。
posted by 木俣佳丈 at 17:31| 東京 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

最先端の幹細胞研究事情を学びました

6月18日、再生医療の早期実現化を支援する目的で本年4月16日に設立された超党派の幹細胞研究支援議員連盟(会長:元経済企画庁長官・衆議院議員船田 元)は、独立行政法人 理化学研究所(理事長:野依良治)横浜研究所を訪問し、研究現場の見学と研究者との意見交換等を通じて、最先端の研究事情を学びました。横浜研究所の視察は、6月4日に行った理化学研究所バイオリソースセンターの視察に続くものです。大熊 健司理事が歓迎の挨拶をされた後、小川智也所長が研究事業の概要について説明をされました。横浜研究所での研究には理化学研究所の全体予算(980億円)の12パーセントである113億円が使われています。主な研究事業は、植物科学研究、ゲノム医科学研究、免疫・アレルギー総合研究、ライフサイエンス基盤研究領域です。小川智也所長による概要の説明を受けた後、松浪 健四郎・文部科学副大臣を中心とする私たち8名の国会議員は、生命分子システム基盤研究領域、オミックス基盤研究領域、免疫・アレルギー科学総合研究センターを見学しました。生命分子システム基盤研究領域の目標は、生命の根幹を担う遺伝情報メカニズムや細胞情報メカニズムの仕組みを解明し、新しい機能をもつタンパク質、核酸を創出し、生命科学研究の強力な手法を提供し、産業(食品・環境・医療等)に応用し、更に、重要疾患(免疫疾患、神経疾患、癌、糖尿病、感染症等)の医薬品、治療・診断・予防法の開発に貢献することです。生命分子システム基盤研究領域では、タンパク質の立体構造を決定する世界的規模大型核磁器共鳴(NMR)施設と大型放射光施設Spring-8を使って、世界的にも群を抜いた実績を上げていると伺いました。オミックス基盤研究領域は、生命現象を分子レベルで理解し、細胞の機能を解明することを目標としています。血液、肝臓、筋肉などはどれも同じ細胞から出来ています。こうした分化を決定するのは遺伝子情報を伝達するという役割を担っているリボ核酸(RNA)です。働いている鍵(キー)遺伝子が違うのです。従って、一細胞RNAシーケンス技術により、DNAやRNAの配列を解読し、どのRNAを使えば目的の細胞になるかを解明することが極めて重要です。しかし、我が国には、大規模シーケンシング拠点がないため、一細胞RNA研究が実行されていないという大きな問題があることを聞きました。米国では317拠点もあります。欧州で50拠点。中国で29拠点です。しかし、日本では24拠点しかなく、しかも異なる研究機関がバラバラに導入しているので、効率的に使われていないのが実情のようです。 73 理化 横浜研究所.JPG理化学研究所 オミックス基盤研究領域で、「理研マウス・ゲノム・専門事典」について説明を受ける幹細胞研究支援議員連盟のメンバー:右から衆議院議員武藤容治、松浪 健四郎・文部科学副大臣、参議院議員古川俊治、衆議院議員倉田雅年、衆議院議員阿部知子、そして事務局を務めている私 免疫・アレルギー科学総合研究センター(RCAI)では、国民の30パーセントが患っているアレルギー症、70万人の自己免疫疾患に苦しんでいる方々の救済のための免疫制御の戦略を構築しています。研究のレベルは高く、論文の引用度は世界第3位です。臨床的に成功の事例として紹介されたのが、進行肺がん患者を対象に行っているNKT細胞標的治療です。初回治療だけで3年以上の生存者が40パーセントを超えていると聞き、皆びっくりしました。知らないところで着々と成果があがっているのです。問題は、こうした優れた研究をしている所であるにも関らず、予算が減少し続けており、独立行政法人になる前は40億円でしたが、現在は30億円になっています。私たち、幹細胞研究支援議員連盟は、パーキンソン病や脊髄損傷などで苦しまれている方々に、iPS細胞から必要な細胞に変化させた細胞を移植し治療する再生医療の早期実現化のために日夜奮闘されている研究者を全面的に応援しています。幹細胞からつくった組織が容易に利用できるようになると、新薬の開発に際しても、動物実験や人での臨床試験を実施する前に、その組織で検証し、薬の候補物資を絞ることや副作用も確認することが可能になります。つまり、開発コストの削減それに開発時間の短縮につながるのです。今後、再生医療の早期実現化、創薬技術の開発に資する幹細胞研究が、これまで以上に国民の大きな理解を得て大きく進められるように努めて参りたいと存じます。 補足説明:生物学におけるシーケンスとは、核酸蛋白質糖鎖などの高分子化合物ポリマー)において、それを構成するモノマーのつながっている順番(配列)のこと。これらの高分子化合物を構成するモノマーには、それぞれ多種類が存在し、生体内では、それがつながりあう順番を認識し区別する仕組みが存在する。これが、生体内で用いられている情報の本体であると考えられているため、それらの高分子化合物を研究対象とする場合、そのシーケンスを調べることは、最も基本的な作業のうちのひとつである。目的の分子のモノマーのシーケンスを実験により調べて決定する作業のことを、シーケンシングと呼ぶ
posted by 木俣佳丈 at 17:26| 東京 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

四川省大地震被災者へお見舞いの気持ちを伝えてください

6月6日、NPO法人日中友好支援センターの顧問を務めてさせて頂いている私は、理事長の林 薫氏とともに、中華人民共和国駐名古屋総領事館を訪問しました。四川省大地震により甚大な被害を受けた被災者へのお見舞いの気持ちと災害復興に尽力されている関係者への励ましの気持ちを伝えて下さるように御願いするとともに、同センターの役職員それに中国講座の生徒さんやボランティアの方々等から託った見舞金20万円をお渡ししました。

71 四川省大地震お見舞い.JPG
中華人民共和国駐名古屋総領事館・李天然総領事(右)に、
NPO法人日中友好支援センターの役職員それに中国講座の
生徒さんやボランティアの方々等から託った四川省大地震により
甚大な被害を受けた被災者への見舞金20万円をお渡ししする
林 薫理事長(左)と私
 林 薫理事長と私を迎えて下さった李天然総領事は「お見舞いのお言葉と沢山の義援金を頂き大変感謝しています四川省の被災者に代わりまして、有り難くお預かりします」とお礼を言われました。李天然総領事は「今回の四川省大地震の被災者に対して、愛知県知事と名古屋市長を中心に多くの愛知県民からお見舞いのお言葉と義援金を寄せてくださっていることに深く感謝しています」と言われました。   李天然総領事は、名古屋市長が先頭に立って金山駅に立ち募金活動をして下さり、そうした募金箱に中学生も小学生も大人も高齢者もお金を入れている姿を見て心を打たれたこともお話してくださいました。NPO法人日中友好支援センターでは、昨年から上海万博ボランテイアリーダー交流会の開催(於:上海と名古屋)を通じて中国の方々と絆を広げており、四川省での地震災害が他所の国の災害とは思えず、遠くの親戚が被災を受けたように感じ、お見舞いの気持ちを伝えたいと思い義援金を集め送る運動を始めたところ、同センターの役職員のみならずボランティアの方々それに中国講座で学んでいる生徒さんが多数、義援金ボックスにお金を入れてくださいました。街頭募金にも友人・知人に協力しようと呼びかけられたと伺いました。NGOの活動を通じた活動が日中両国の友好を深めていることを実感し、今後ますますNGO活動支援のために全力を尽くしていく決意を新たにいたしました。皆様も上海万博を支援するボランテイア活動の一層のご理解とご協力をお願い申し上げます。
posted by 木俣佳丈 at 17:23| 東京 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。